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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)46号 判決

東京都港区六本木1丁目4番30号

原告

タカタ株式会社

代表者代表取締役

高田重一郎

訴訟代理人弁理士

青木健二

阿部龍吉

蛭川昌信

白井博樹

内田亘彦

菅井英雄

韮澤弘

米澤明

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

水谷万司

高橋邦彦

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が平成4年審判第8100号事件について、平成4年12月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年8月26日出願の昭和61年実用新案登録願第128871号(以下「本願原原出願」という。)の一部を平成元年8月29日に特許出願とした平成1年特許願第222499号からの分割出願として、平成元年12月5日、名称を「エアバッグ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(平成1年特許願第315956号)をしたが、平成4年3月13日拒絶査定を受けたので、同年5月7日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第8100号事件として審理したうえ、同年12月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審判をし、その謄本は平成5年3月24日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

所定数の基布からなり、インフレータからの圧力気体により膨張展開するようになっているエアバッグにおいて、前記基布は、内面にシリコンゴムの薄膜が形成された、合成繊維からなる織布によって形成されていることを特徴とするエアバッグ。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前頒布された刊行物である特公昭48-30293号公報(以下「引用例」といい、その発明を「引用例発明」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載事項、本願発明と引用例発明との一致点、相違点の各認定、相違点2についての判断はいずれも認めるが、相違点1についての判断は争う。

審決は、本願発明及び引用例発明のそれぞれの技術内容についての判断を誤り(取消事由1)、また、本願発明の特有の効果を看過し(取消事由2)、その結果本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(インフレータからの圧力気体に関する技術内容についての判断の誤り)

審決は、相違点1について、「引用例に記載のものの断熱性無機化合物層は、織布の内面にシリコンゴムの薄膜を形成することにより、圧力気体の透過を防止するという基本的な機能を付加した基布に、更に、高温下に於ける圧力気体の接触による基布自体の溶融劣化を積極的に防止する機能等を付加するためにシリコンゴムの薄膜の内面に形成したものである。したがって、圧力気体の温度が低い場合等状況に応じて、該断熱性無機化合物層を削除することは、当業者が容易に想到し得るものと認められる」(審決書4頁15行~5頁4行)と判断したが、誤りである。

(1)  本願原原出願(昭和61年8月26日に出願された昭和61年実用新案登録願第128871号、以下同じ。)当時、エアバッグにおけるインフレータが燃焼により圧力気体を発生するガス発生器であること、また、エアバッグにおいて圧力気体がきわめて高温であることは、引用例に「燃焼ガス温度が瞬間的に極めて高温に達する」(甲第8号証2欄13~14行)と記載されていることからも明らかなように、エアバッグの技術分野では技術常識として定着していた(甲第10~第48号証)。

したがって、本願の特許請求の範囲に「圧力気体を燃焼により生成する」と限定する記載が特になくても、本願発明の「インフレータからの圧力気体」が、ガス発生剤を燃焼して生成される極めて高温の圧力気体を意味し、低温の圧力気体が含まれるとすることはできないものであることは、当業者であれば当然に理解できる事柄である。

にもかかわらず、審決は、本願発明が圧力気体の温度の低い場合もあることを前提に判断しているから、明らかに本願発明の「インフレータからの圧力気体」の認定を誤ったものである。

(2)  一方、引用例発明は、エアバッグにおける圧力気体が極めて高温であることを前提に、エラストマー層のみでは断熱性が不十分であるとして、エラストマー層に加え断熱性無機化合物層を設けることを必須の構成とするものであるから、引用例に、このエラストマー層の材料にシリコン系合成ゴムを用いるという記載があるとしても、このことは、基布材料をエラストマー材料のみで被覆することを示唆するものではなく、また、この場合に、エラストマー材料にシリコン系合成ゴムを用いることを開示したものということはできない。

(3)  したがって、圧力気体が極めて高温である場合に、引用例のエアバッグにおける断熱性無機化合物層を削除して、シリコンゴムのみのエラストマー層にすることは、当業者といえども到底容易に想到できることではない。

審決が、本願発明における圧力気体が低温の場合があることを前提に、「圧力気体の温度が低い場合等状況に応じて、該断熱性無機化合物層を削除することは、当業者が容易に想到し得るもの」(審決書5頁2~4行)と判断したことは、本願発明及び引用例発明の技術内容を誤って判断したものである。

2  取消事由2(本願発明の特有の効果の看過)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点の判断に当たり、「本願発明のエアバッグが収納時にはコンパクトに折り畳め、使用時には滑らかに膨張展開でき、かつ、耐熱性・耐候性等を有するのは、シリコンゴム自身が本来有する性質によるものであって、引用例に記載のものにおいても、断熱性無機化合物層を削除すれば、当然にこの様な性能を有することになる。」(審決書5頁5~11行)と認定しているが、誤りである。

(1)  本願発明の基布に形成されているシリコンゴムの薄膜は、その厚さを薄くしてもピンホールが発生しにくいというシリコンゴム特有の性能を有しているので、従来エアバッグに用いられているクロロプレンゴムに比し、その膜厚をかなり薄くすることができ、かつ比較的柔らかいものとすることができる。その結果、エアバッグを密にかつコンパクトに折り畳むこと、すなわち折畳み容量を小さくし、エアバッグの格納スペースを低減し、エアバッグ装置の小型化に確実かつ十分に対応することができる。

また、シリコンゴムは摩擦係数が比較的小さく、耐熱性に優れているという特有の性能を有しており、その薄膜は柔軟性に富み、滑りがよいので、インフレータからの高温の圧力気体により劣化することなく、エアバッグをスムーズに膨張展開させることができ、エアバッグの展開性能を向上させることができ、ひいては、折り畳み方法の自由度も大きくなる。また、この耐熱性により、経時的に劣化することはないので、例えば熱帯等の高温地帯や寒帯等の低温地帯等で車両を長時間使用しても、エアバッグの強度はほとんど変化なく、エアバッグの耐久性が向上する。

このような本願発明の効果は、本願発明が、シリコンゴムの薄膜のみをエアバッグ基布内面に設けることにより、従来の断熱性無機化合物層を含む3層のものを2層にして、シリコンゴム自体が本来有する性能を活かすようにしたことによるものであり、審決認定のようにシリコンゴム自身が本来有する性質そのもののみによるものではない。

(2)  これに対し、引用例発明のエアバッグは、エラストマー層に従来からあるクロロプレンゴム、シリコンゴム等を用い、その断熱性が不十分な点は断熱性無機化合物層を設けることにより補おうとするものであって、シリコン系合成ゴム特有の性能を生かして利用したものではない。

すなわち、引用例発明においては、基布内面にエラストマー層に加え、断熱性無機化合物層が存在することから、本願発明の基布に比較して、基布全体の厚さは厚くなり、あまり密にかつコンパクトに折り畳むことができず、折り畳み容量が大となり、その格納スペースを低減させることができないので、そのエアバッグ装置も必然的に大型となる。

また、本願発明の基布よりも柔らかくならないから、エアバッグを折り畳んだとき、エアバッグの折り返し部と非折り返し部との間の重なり部に隙間がどうしても生じ、展開性能において、本願発明に劣るものとなる。

(3)  以上のとおり、本願発明は、その要旨に示された構成をとることによって、引用例発明によっては到底得ることのできない特有の効果を有するものであり、このようなことは、引用例に何らの示唆もない。

したがって、引用例発明のエアバッグにおける断熱性無機化合物層を削除してシリコンゴムのエラストマー層のみにすることは、当業者といえども到底容易になしうることではない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  取消事由1について

(1)  「インフレータ」の文字どおりの意味は、膨らませるものという意味であり、昭和54年2月1日第4刷発行「自動車工学便覧」(乙第1号証)に記載されているように、本願原原出願当時、エアバッグの膨張手段には、ガス発生剤の燃焼による方式の他、引用例にも記載されている圧縮ガスや高圧ガスを利用する方式があることが知られていたから、インフレータなる用語が、原告主張のように、ガス発生剤の燃焼によるバッグ膨張手段のみを意味することにはならない。原告援用の刊行物39点(甲第10~48号証)のうち37点は、本願原原出願後の刊行物であり、原告主張を裏付けるものではない。

本願発明の要旨である特許請求の範囲の記載は、単に「インフレータからの圧力気体により膨張展開するようになっているエアバッグ」となっており、圧力気体を燃焼により生成するとの限定はないから、原告の主張はその前提を欠くものである。

(2)  圧力気体が極めて高温になるのは、圧力気体を燃焼により生成する場合であって、圧力気体に圧縮ガスや高圧ガスを利用した場合には、圧力気体が高温にならないことは、引用例の記載(甲第8号証1欄末行~2欄5行、2欄12~14行)からも明らかであり、圧力気体を燃焼により生成する場合であっても、燃焼する物質や反応条件によって、圧力気体の温度は異なる。

また、引用例には、圧力気体を燃焼により生成する場合には、圧力気体が極めて高温になり、エラストマー層では十分な耐熱効果が得られず、さらに、エラストマー層を極端に厚くすると耐熱効果は得られるが、基布自体が著しく重く、かつ厚くかさばったものになり、エアバッグを自動車の車内の限定されたスペースに収納する際に著しく不都合を生じるために、断熱性無機化合物層を設けたことが記載されている(同号証2欄12行~3欄8行)。

このことは、逆にいえば、圧力気体に圧縮ガスや高圧ガスを利用した場合など圧力気体の温度が低い場合や、エラストマー層で必要な断熱効果が得られる場合には、断熱性無機化合物層を設ける必要がないことを、引用例が明確に教示しているといえる。

エラストマー材料としてのシリコン系合成ゴムは、圧力気体の透過を防止するというエアバッグの基本的な機能を基布材料に付与するために、断熱性無機化合物層の存否に関わりなく使用されるものであって、断熱性無機化合物層を用いることを必須の条件として初めて使用可能となるものではなく、基布材料をエラストマー材料単独で被覆する場合であっても、エラストマー材料にシリコン系合成ゴムを用いることに何の障害もない。

引用例記載のとおり、エアバッグには、軽量で薄く、車内での収納性が良好なことが求められる(同号証2欄33行)から、圧力気体の温度が低い場合やエラストマー層で必要な断熱効果が得られる場合、さらには、軽量で薄く車内の収納性を良くする必要性と断熱性との兼ね合いで、すなわち、「圧力気体の温度が低い場合等状況に応じて」、断熱性無機化合物層を削除し、シリコン系合成ゴム層のみにすることは、当業者が容易に想到しうるものである。

2  取消事由2について

本願発明の効果は、引用例に記載のエアバッグから断熱性無機化合物層を削除し、これによりシリコン系合成ゴム層が表面に現れると、シリコン系合成ゴム自身が本来有する性能を活かすという意図の有無に関係なく、そのゴム自身が本来有するところのピンホールが発生しにくい、摩擦係数が比較的小さい、耐熱性・対候性がある、比較的柔らかい、剥離性がよいという性質によって、当然に生じるものである。

審決の「本願発明のエアバッグが収納時にはコンパクトに折り畳め、使用時には滑らかに膨張展開でき、かつ、耐熱性・耐候性等を有するのは、シリコンゴム自身が本来有する性質によるものであって、引用例に記載のものにおいても、断熱性無機化合物層を削除すれば、当然にこの様な性能を有することになる」(審決書5頁5~11行)との認定は、本願発明の効果は、断熱性無機化合物層を削除すると、シリコン系合成ゴム自身が本来有する性質によって、当然に生じるものであり、この意味で格別のものではないことを示すものである。

したがって、本願発明の効果を参酌しても、断熱性無機化合物層を削除することは、当業者が容易に想到しうるとした審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(インフレータからの圧力気体に関する技術内容についての判断の誤り)について

(1)  昭和54年2月1日第4刷発行「自動車工学便覧」の「ガスジェネレータ(インフレータ)」の項(乙第1号証)には、ガス発生様式として、「アルゴンガスなどの不活性ガスを高圧でボンベに封入しておき、衝突時に雷管などで開封し、ガスを放出する」方式であるストアードガスシステム、「固体のガス発生剤を分解または燃焼させて、N2、CO2などのガスを放出する」方式であるソリッドプロペラントシステム、「不活性ガスと固体のガス発生剤を一体に組込んだ」方式であるハイブリッドシステム、「ガス発生機構そのものは前述のものに準ずるが、発生したガスの流れを利用して一方向弁により車室内の空気を吸込んでバッグを展開させる」方式であるエアアスピレータシステムの4種類の様式があることが記載されており、引用例(甲第8号証)には、衝撃緩衝用バッグシステムのガス発生装置として、「フレオンガス、炭酸ガス等の圧縮ガスを利用したもの、窒素、空気等の高圧ガスを利用したもの、あるいは火薬類もしくは燃焼組成物から発生するガス組成物の燃焼生成ガスを利用したものが考えられている」(同号証1欄末行~2欄5行)と記載されていることが認められ、これらの記載によると、本願原原出願当時、「インフレータ」なる用語が、ガス発生剤の燃焼によりバッグを膨らますためのガス発生装置のみを意味するものではなく、ガス発生剤の燃焼によらないガス発生装置、例えば、高圧ガスを利用してガスを放出する装置をも意味することは明らかである。

この事実によれば、本願発明の要旨に示された「インフレータからの圧力気体により膨張展開するようになっているエアバッグにおいて」との構成において用いられている「インフレータ」が、圧力気体を燃焼により生成する方式のインフレータを意味するものと限定して解釈することはできないことが明らかである。

原告が「インフレータからの圧力気体はガス発生剤を燃焼して生成される圧力気体であり、極めて高温の圧力気体であることは、当業者であれば周知の事柄である」ことの証拠として提出する、自動車用語辞典及び自動車技術雑誌(甲第10号証ないし13号証)は、本願原原出願日より後に発行されたものであるし、その他の公開特許公報及び公開実用新案公報等(甲第16~48号証)も、発行日のみならずその出願日が本願原原出願日より後のものであるから、これによって本願原原出願当時、インフレータの定義が原告主張のようなものとして定着していたものと認めることはできない。

本願原原出願前に刊行された特開昭56-124535号公報(甲第14号証)は、発明の名称を「ガスバツグのパイロテクニクインフレーター用点火器」とする特許出願に係る公開公報であって、ガス発生剤の燃焼によるガス発生装置に関する発明であることは、その名称から明らかであるから、そこにおいて説明されているインフレータがこの方式によることを前提としていることは一見して明らかであり、また、特開昭57-178955号公報(甲第15号証)における「空気袋を膨張させるための純粋の窒素ガスを迅速に発生させるための固体ガス発生剤組成物の燃焼を利用する安全空気袋インフレータ又はガス発生装置は、先行技術において知られている」(同号証2頁左下欄18行~右下欄1行)との記載は、このような方式のインフレータが先行技術として公知であることを述べているにすぎず、インフレータのガス発生方式がこれに限られることを述べたものではないことが明らかであり、いずれも原告の上記主張を裏付けるものではなく、その他本件全証拠によっても、原告の上記主張を裏付けるに足りる資料はない。

上記説示のとおり、本願発明の要旨に示された「インフレータ」が圧力気体を燃焼により生成する方式のインフレータを意味するものと限定して解釈することができない以上、このように限定して解釈することを前提として、審決の「圧力気体の温度が低い場合等状況に応じて、該断熱性無機化合物を削除することは、当業者が容易に想到し得る」との判断を論難する原告の取消事由1の主張は、到底採用できない。

(2)  ところで、審決の認定するとおり、本願発明と引用例発明のエアバッグの基布の内面には、ともにシリコンゴムの薄膜が形成されていて、これにより圧力気体の透過を防止するという基本的な機能を備えていることにおいて一致し、引用例発明においては、このシリコンゴムの薄膜の上に、さらに高温下における圧力気体の接触による基布自体の溶融劣化を積極的に防止するために、断熱性無機化合物層を設けたものであることは、当事者間に争いがない。

また、シリコンゴムが耐熱性・耐候性に優れており、摩擦係数が比較的小さく、その薄膜は柔軟性に富み、滑りがよく、厚さを薄くしてもピンホールが発生しにくいというシリコンゴム特有の性能を有していることは、原告も認めるとおりである。

そして、引用例(甲第8号証)には、燃焼ガスを利用した衝撃緩衝用爆発遮断用のバッグ用基布として必要な性質として、「適度の弾性と高い強力を有すること」、「軽量で薄く、車内での収納性が良好なこと」、「非通気性を有し、燃焼ガスの透過を防止し得ること」、「断熱、耐候性を有し、燃焼ガスの接触によつて基布が溶融劣化しないこと」が挙げられている(同号証2欄29行~3欄1行)のであるから、この引用例の記載に基づき、高温下における圧力気体の接触による基布自体の溶融劣化を防止するために、上記耐熱性・耐候性に優れているシリコンゴムの周知の特性を利用しようと考え、その際、その膜厚を適当なものとするなどして、引用例発明における断熱性無機化合物層を削除しても、高温下における圧力気体の接触による基布自体の溶融劣化が防止できるバッグ用基布が得られることを見出すことは、当業者であれば、格別の困難性なく想到できることと認められる。

審決が「圧力気体の温度が低い場合等状況に応じて、該断熱性無機化合物層を削除することは、当業者が容易に想到し得るもの」と認めた趣旨も、圧力気体の温度が低い場合や、上記のようにエラストマー層で必要な断熱効果が得られる場合を含めて判断しているものと解することができる。

このことからしても、原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  取消事由2(本願発明の特有の効果の看過)について

前示シリコンゴムの特性からすれば、内面にシリコンゴムの薄膜を形成した二重構造の基布よりなるエアバッグが、引用例発明の三重構造のものに比し、エアバッグ装置の小型化、展開性能の向上を奏することができ、耐熱性・耐候性に欠けることがないものとなることは、当然に予測される効果であり、これをもって、シリコンゴムが本来有する特性を利用すること以上に格別の効果を奏するものということはできない。

したがって、審決の認定(審決書5頁5~11行)は正当であり、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成4年審判第8100号

審決

東京都港区六本木1丁目4番30号

請求人 タカタ 株式会社

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 青木健二

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 阿部龍吉

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 蛭川昌信

東京都台東区上野1丁目18番11号 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 白井博樹

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 内田亘彦

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル 梓特許事務所

代理人弁理士 菅井英雄

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 韮澤弘

東京都台東区上野1-18-11 西楽堂ビル 梓特許事務所

代理人弁理士 米澤明

平成1年特許願第315956号「エアバック」拒絶査定に対する審判事件(平成2年11月5日出願公開、特開平2-270654)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続きの経緯・本願発明の要旨)

本願は、昭和61年8月26日に実用新案登録出願した実願昭61-128871号の一部を平成1年8月29日に新たに特許出願した特願平1-222499号の一部を更に平成1年12月5日に新たに特許出願したものであって、その発明の要旨は、平成3年7月9日付け、平成4年1月31日付け、平成4年6月4日付け手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「所定数の基布からなり、インフレータからの圧力気体により膨張展開するようになっているエアバッグにおいて、前記基布は、内面にシリコンゴムの薄膜が形成された、合成繊維からなる織布によって形成されていることを特徴とするエアバッグ。」

(引用例)

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用した特公昭48-30293号公報(以下、引用例という。)には、内面にシリコンゴムの薄膜が形成されると共に、更にその薄膜の内面に断熱性無機化合物層が形成された、合成繊維からなる織布によって形成されている基布からなり、インフレータからの圧力気体により膨張展開するようになっているエアバッグが記載されており、更に、断熱性無機化合物層は、織布の内面にシリコンゴムの薄膜を形成することにより、圧力気体の透過を防止するという基本的な機能を付加した基布に、更に、高温下に於ける圧力気体の接触による基布自体の溶融劣化を積極的に防止する機能等を付加するために形成した点が記載されている。

(本願発明と引用例との対比)

そこで、本願発明と引用例に記載のものとを対比すると、両者は、内面にシリコンゴムの薄膜が形成された、合成繊維からなる織布によって形成されている基布からなり、インフレータからの圧力気体により膨張展開するようになっているエアバッグの点で一致し、次の点で相違している。

相違点1

本願発明の基布が、内面にシリコンゴムの薄膜のみが形成された織布によって形成されているのに対して、引用例に記載のものは、内面にシリコンゴムの薄膜が形成されると共に、更に、その薄膜の内面に断熱性無機化合物層が形成された織布によって形成されている点。

相違点2

本願発明では、基布が所定数からなるのに対して、引用例に記載のものは、そのような限定のない点。

(当審の判断)

次に、上記相違点について検討する。

相違点1について

引用例に記載のものの断熱性無機化合物層は、織布の内面にシリコンゴムの薄膜を形成することにより、圧力気体の透過を防止するという基本的な機能を付加した基布に、更に、高温下に於ける圧力気体の接触による基布自体の溶融劣化を積極的に防止する機能等を付加するためにシリコンゴムの薄膜の内面に形成したものである。したがって、圧力気体の温度が低い場合等状況に応じて、該断熱性無機化合物層を削除することは、当業者が容易に想到し得るものと認められる。

しかも、本願発明のエアバックが収納時にはコンパクトに折り畳め、使用時には滑らかに膨張展開でき、かつ、耐熱性・耐候性等を有するのは、シリコンゴム自身が本来有する性質によるものであって、引用例に記載のものにおいても、断熱性無機化合物層を削除すれば、当然にこの様な性能を有することになる。

相違点2について

エアバックにおいて、基布を所定数から形成することは、単なる設計事項であり、格別のこととは認められない。

(むすび)

したがって、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年12月25日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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